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Vol.54 シチリアのアーモンド





シチリアのアーモンド

Mandorla Siciliana



「ン」ではじまる不思議なお菓子
Un dolce misterioso di cui l'N e' l'iniziale





シチリアにアーモンドの取材に行ってきた。シチリアのアーモンドといえば、いろいろな焼き菓子からマジパンにトローネにグラニータなどなど、様々なお菓子作に使われる。和菓子でいったら小豆か抹茶のようなもの?で、イタリアお菓子界になくてはならない存在だ。


  

シチリア産のアーモンドは、生産量では世界の他の有名産地にかなわないけど質はとても高くておいしいのよ、というのがシチリア側の言い分である。どんなふうにおいしいのかというと、食べた後ほのかな苦味が残るのが最大の特徴で、なぜそんな素敵な特徴が産まれたのかといえば、普通のアーモンドの苗木をビターアーモンドに接ぎ木して作るからだそうだ。桃栗3年柿8年、でアーモンドもこの方法だと実をつけるようになるまで8~9年かかるのだが、病気や厳しい天候に耐性があり、なによりおいしいアーモンドができるから、他の土地ではもっと早くバンバン生産できる方法をとっているにもかかわらず、シチリアでは昔ながらのこの栽培法を続けているのだそうだ。



シチリアのアーモンド菓子といえば、まず有名なのはマジパン細工。イタリア語ではマルツァパーネMarzapaneだ。シチリアに旅行したことがある人なら、観光地で、町のお菓子屋さんで、そして空港のお土産ショップなんかでも、色とりどりのマジパン細工を見かけたことが絶対あるはず。それは果物の形だったり、野菜だったり、え? 本物? と一瞬疑ってしまいそうなほど、そっくりに、そしてとてもビビッドな色で作られている。美味しいかと聞かれたら、まあ、マジパンの味なのだけど、上質のアーモンドで作られたそれは、やっぱり上質な味なのである。



シチリアのサン・ヴィート・ロ・カーポというビーチは、どこまでも続くエメラルドグリーンで遠浅の海と白い砂浜が有名で、何年か前にそこで夏を過ごしたときに食べた、アーモンドのグラニータの美味しさは今でも鮮明に思い出す。グラニータとはご存知イタリア版かき氷で、いろいろなフルーツ果汁などを半ば凍らせ、半ばジュース状のまま食べるもの(イタリア通信Vol.30参照)。アーモンドのグラニータなんて、シチリアへ行く前はちょっと想像しにくかったのだが、アーモンドミルクにちょっとアーモンドのつぶつぶ入り液体を凍らせたそれは、飲むと意外なほどにすっきりと渇きが収まって、クセになる美味しさであった。



そしてアーモンドを使ったビスケット類だ。イタリア全土にあるけれど、私の暮らすピエモンテ州伝統のお菓子に「ブルッティ・マ・ブォーニ」というのがある。見かけは悪けど美味しいよ、という意味の、メレンゲにアーモンドやヘーゼルナッツをふんだんに混ぜ込んで焼いたもので、今では全国的にポピュラーな焼き菓子だ。



「でもね、こっちがオリジナルなのよ」と言いながら、アーモンド農家のお母さんが食べさせてくれたのが「ンカンネッラーテ」。いいえ、書き間違いじゃございませんよ、シチリアの方言でNcannellateと書く。そういえばカラブリア州の有名なサラミにNdujaというのがあるけれど、南イタリア地域でNから始まる言葉があるのはなぜであろう? と考えていると話しがどんどんそれていくので、興味がある方はどうぞご自分でお調べください。



というわけで「ンカンネッラーテ」。作り方を聞いてみると、水と砂糖を煮溶かして糸をひくぐらいになるまで煮詰めたところへアーモンドの粉を入れ、それを丸めてオーブンで焼く、というもの。ぷっくりとふくれた中が空洞になっていて、カリッカリッと噛むとアーモンドの香ばしい味わいが口の中に広がる感じ。なぜ、「ンカンネッラーテ」というかというと、カンネッラ(シナモン)が加えてあるから。でもシナモンよりもフレッシュなアーモンドの風味が圧倒的に美味しい。だからシナモンなんか入れなくてもいいのに、と思うのは部外者であって、アーモンドがあたりまえのようにザクザク穫れるこの地域だから、ちょっと違う風味にしたかったんだろうなあ、と想像したりして。


長靴の形をした、地中海に浮かぶイタリア半島は、様々な気候と地形が各地多様な食文化を生み出していると言われる。シチリアはアグリジェントの小さな町で出会った不思議な名前のアーモンドのお菓子。これだからイタリア、いつまでたってもやめられない。




文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住