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Vol.36 クリスマスのもう一つの楽しみ

クリスマスのもう一つの楽しみ

Un altro gioia di Natale

パンドーロが大好き!

Adoro i pandori!

通りという通りのイルミネーションはキラキラ輝き、店という店のショーウィンドウにはサンタやトナカイが陽気に並んで、クリスマスまでカウントダウン状態のイタリアはもう、わくわく、わくわく。

というふうに、楽しいだけなら幸せなのだが、そうとばかりも言っていられないのが大人の本音。

プレゼントを買いに繰り出す人が中心街に集中するから交通渋滞はいつもの5倍増しぐらいになり、駐車するのも至難の技、店にたどり着いたら着いたでレジは大行列、包装担当の店員は鈍くて下手クソときた日にはイライラ、ストレスは増すばかり。

クリスマスプレゼントは恋人や家族にだけ買えばいい日本とは訳が違い、イタリアでは(そしてたぶん全ヨーロッパ的に)友人知人親戚家族郎党はもちろん、会社の同僚&上司から、かかりつけのお医者さんに習い事の先生にまで、プレゼントを用意しなければならない。日本のお歳暮にも近い感覚といったらわかりやすいだろうか。とにかく大変なのである。


そんなときには買い物なんかさっさと諦めて(そして後でもっと慌てることになるかもしれないけど)、 家に帰っておいしいケーキとお茶のおやつタイムに限る。

この時期のおいしいおやつといえば、私的にはやはりパンドーロだ。

パンドーロはご存知イタリアを代表する2大クリスマスケーキの一つ。

粉と卵、砂糖とバターの生地をたっぷり発酵させただけのシンプル過ぎるほどのケーキなのだが、スポンジケーキでもなく、 カステラでもシフォンでもない不思議なおいしさはクセになる味。フルーツの砂糖煮やレーズンのたっぷり入ったパネットーネの方が 華やかで有名だけれど、実は「私はパンドーロの方が好き」という人が私の知る限りとても多い。

シンプル・イズ・ベストということか。

パンドーロはロメオとジュリエットで有名なヴェローナの発祥。

1200年代から存在する地元のクリスマス菓子「ナダリン」がオリジナルだとか、 海運国としてブイブイ言わせていたヴェネツィア共和国の、金箔を貼り付けた成金お菓子「Pan de oro」(パン・デ・オーロ=金のパン)が パンドーロと変化したものだとか、様々な説がある。

でも現在のパンドーロを完成したのは、ドメニコ・メレガッティというヴェローナの お菓子屋さん。もともと地元の女性達がイブの夜に集まり、25日のクリスマスの正餐(昼食)にそなえて牛乳と粉とイーストで デザートの生地を作るという伝統があった。

これに卵やバターを加えておいしく、リッチに改良したのがドメニコさんというわけだ。 十時間以上発酵させたり、行程も複雑になったレシピは、もはやマンマ達が手作りするものではなく、プロに任せて買うのを楽しみにするものとなった。

こうして1894年10月14日に特許を受けて以来、「メレガッティ」といえばパンドーロの代名詞のようにイタリア中で愛されている。

もちろん現在では、たくさんの製菓会社や街のパスティッチェリアがクリスマスシーズンになればそれぞれのパンドーロを売って、味を競っている。

トリノの老舗パスティッチェリア「G」のスペシャリテ「ヌーヴォラ」は、 自家製パンドーロの表面全体にバタークリームを塗り、その上から粉糖を ふりかけたもの。

「雲」という意味のその名にふさわしく、 ふわふわと軽い食感、そして舌の上ですっと溶ける甘いクリームは、 シンプルなパンドーロのご馳走バージョンだ。

もちろん今のシーズンだけの限定商品。

季節の野菜や果物が生き生きして美味しいように、 季節のお菓子がそれぞれにあって楽しい、おいしい。 これもまた、イタリアの魅力なのである。





文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.35 スポンジケーキ、誕生秘話

スポンジケーキ、誕生秘話

Storia nascosta della pan di spagna
いちごのショートケーキ
ジェノヴァか、スペインか!?
Genova o Spagna!?
イタリアでは12月8日の祝日(カソリックの無原罪の御宿りの日)が クリスマスの飾り付けをする日ということになっているが、 最近はどんどん早まってきて、11月中旬には 街はすでにクリスマス気分一色の今日この頃。
クリスマス1 クリスマス2
日本に住んでいない私は、クリスマスというとイチゴのショートケーキがとても食べたくなる。 イタリアのクリスマスには(クリスマスじゃなくても)イチゴショートがないから、よけいに食べたくなるのだ。 ショートケーキがないかわりに、イタリア人がクリスマスに何を食べるかという話は、以前に書いた通り。
時は1700年代の中頃。当時海運国として栄えていた ジェノバ共和国(まだイタリアという国になっていない)の大使がスペインへ赴く際、 お付きの料理人や腕のいい菓子職人を従えて赴任した。 ある時非常に大切な晩餐会があったので、 大使は菓子職人、ジェノバ出身のジョヴァンニ・バッティスタ・カボーナを呼んで 「いつもと違う、すっごいお菓子を作って世界をうならせちゃおう」と 言ったかどうかは知らないが、とにかく新しいお菓子をオーダーした。 カボーナはいろいろ考えたあげく、サヴォイ・ビスケットを改良し ふわふわと大きく膨らんだケーキを作りあげた。 晩餐会で大層な評判を得たこのケーキを、 カボーナはケーキの誕生した場所を記念し 「パン・ディ・スパーニャ=スペインのパン」と呼ぶことにした。
一方スペイン宮廷では、あまりにおいしいお菓子に感動した フェルディナンドⅣ世とお付きの人々が、 こんなに素晴らしいケーキを作った菓子職人が生まれた土地、 ということで、ジェノバの名前をケーキに与えることに決めた。 以後、このケーキは世界中で「ジェノバの生地=パータ・ジェノワーズ」 として親しまれるようになったというわけだ。
時を経て、21世紀のイタリアではパン・ディ・スパーニャを どうやって食べているかというと、 代表的なのは「ズコット」といって、 スポンジとクリームをドーム型に入れて固めたケーキや 「イギリス風スープ」という意味の、トライフルのような デザート「ズッパ・イングレーゼ」だ。
その他、様々なクリームを添えたり挟んだり、 そのまま食べたり、使い方はいろいろだが、 スポンジ生地の繊細さ、おいしさを そのまま味わうというよりは、 何かのお菓子の下地、脇役的な使われ方をしてきている。
イタリアのケーキ
それが最近のイタリアでは、 フレンチテイストのおしゃれで華やかな ケーキの人気が高まってきている。 ケーキ屋さんにその手のケーキが増えてきているのはもちろん、 美しい写真を多用したレシピ本や雑誌も急増中だ。
だからふわふわのイチゴショートをイタリアで堪能できる日も近いかな、 トリノのパンナはおいしいからなあ❤と 楽しみに頬が緩む今日この頃なのです。
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.34 マルメッラータな日々

マルメッラータな日々

Le giornate delle marmellate
マルメッラータ
パンに,ケーキに、ブリオッシュに。
Con il pane, con la crostata e nelle brioche
マルメッラータとは、イタリア語でいうジャムのこと。語感的には英語のマーマレードにあたるものかな、と調べてみると、 イタリア語のmarmellataは英語のjam、marmaladeのどちらにもあたる。じゃ、ジャムとマーマレードの違いは?  と食品大辞典を開いてみると、柑橘系の果物の、特に皮も一緒に煮込んだものがマーマレード、他の果物で作ったものがジャム、 というようなことらしい。たしかに、言われてみるとそんな感じだ。 というわけで、イタリアではジャム類全般をさしてマルメッラータという。
新しい家の敷地にはイチジクの木がたくさんあって、食べても食べても終わらないほど、今年は(って今年が初めてなんだけど)豊作であった。 おやつに、食後のデザートに、これでもかというほどイチジクを食べ、イチジクでお菓子を作り、それから生ハムを買ってきて イチジクと一緒に食べた。これは実においしいので、日本のみなさんもぜひ試してみてください。生ハムのしょっぱさ、 ねっとりした脂の味とイチジクの組み合わせは、個人的にはメロンとのそれよりもずっと合うと思っている。
それでもまだまだあるので、じゃあ、ご近所さんにおすそわけしようかと思ったら、イチジクの木はこの辺りではポピュラーなようで、 みなさんお持ちなのであった。うーむ残念。
仕方がないので,最後の手段。そう、ジャムにするのである。私のジャムはとてもおいしいと(家族から)評判なのでよく作るのだけれど、 今までは都会暮らしで、果物をわざわざ買って作っていたから、そんなに大量じゃなかった。ところが今度は捨てたくなるほどのイチジク。 とにかく、剥いて、剥いて、また剥いて。イチジクの汁のせいでアレルギー性主婦湿疹(手湿疹)の気がある私の手は痒くてしかたがなかったが,とにかく剥きまくって,鍋に入れ、砂糖も入れて、ジャムをいっぱい作った。 そのジャムをつけた、自家製天然酵母パンの朝ご飯は、とてもいい気分である。
天然酵母パンイタリアの人は、朝ご飯にビスケットとカフェという人が圧倒的に多いようだが、pane e marmellata パンとジャムという人もいる。 パン&ジャム派の人も、イタリア人なのでバターはつけない。だからといってオリーブオイルもつけないから、イタリアの朝ご飯は 油脂がない分カロリーが低いかもしれない。 しかしイタリア人はマルメッラータが大好きで、朝ご飯だけでなく、パイの具としてもジャムを多用する。これはクロスタータ・アラ・マルメッラータなどと呼ばれて、アプリコット味、ベリー味など、様々な味がある。

パイ1 パイ2
それからバールで食べるおやつの定番「ブリオッシュ」もマルメッラータ入りが人気である。ブリオッシュといっても、おフランスの、 あのアントワネット様が物議を醸したというあれではなくて、見た目はクロワッサン風なパン菓子のようなものである。
これがvuoto(中身なし)、crema(クリーム入り)、そして marmellata(ジャム入り)の3種類ぐらいあることになっている。
イタリアに暮らして最初にお目にかかったときは、ぐえー、ジャム入りクロワッサン? と思ったものだが、かじった一口が焼きたてで、
中から温かいジャムがとろ?りと出てきたりすると、なかなかしあわせなおいしさに浸れるのです。
日本で増えているというイタリア風バールでも、おしゃれなものばかりじゃなくて、ちょっとダサいけどおいしい、こんな味も再現してほしいなあ。       
ブリオッシュ
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.33 デザートワインの甘くて苦い思い出

デザートワインの甘くて苦い思い出

Un ricordo dolce e amaro del vino Moscato
デザートワイン
秋だ、収穫に行こう!!
E' autunno. Andiamo a vendemiare!!
夏の厳しい暑さもようやく陰りを見せ始めた今日この頃、みなさまいかがお過ごしですか。 それにしても今年の夏は暑かった。イタリアでは今年の記録的な暑さのおかげで、 ワイン用のブドウが例年になくぐんぐん育ち、収穫のタイミングがずいぶん早まったそうだ。
生産量、消費量ともに常にフランスと抜きつ抜かれつして世界一の座を争っているイタリアでは、 人々の暮らし、食生活のいたるところにワインが深く関わっている。だからブドウの収穫が早まったとか、ブドウのできが良いとか悪いとか、量が多いの少ないの、といった話題が頻繁にテレビや新聞に、そして人々の口に上る。
ピエモンテの丘陵地帯では、今年は早いところでは8月中旬から、遅いところでも今、まさにブドウの収穫真っ盛りだ。大きなワイン会社も小さなブドウ農家も、それぞれの畑のブドウが熟すと家族総出はもちろん、臨時の労働者にご近所さんまでかり出して、一斉に収穫に取りかかる。そんな様子を見ていたら、私がイタリアに来たばかりの頃(な、なんと17年前!)の懐かしい笑い話を思い出した。
ブドウ畑収穫したブドウ
それは料理の修業にきていた日本人のシェフばかりで、あるワイン農家の収穫を手伝いに行った(行かされた?)ときのことだ。
ピエモンテのワイン畑は、コッリーナといってけっこう急勾配の丘陵地帯にある。それが水はけや陽当たり具合を良くするのでワイン畑に最適と言われる所以なのだが、収穫するのはとても辛い。急な坂道を上がったり下がったりしながらチョッキン、チョッキンとブドウを一房づつハサミで切っていくのだから、いくら17年前の若かりし私でも、足はガクガク、腰はボロボロになるのであった。おまけに暑いし。疲れた私たちはだんだん投げやりになり、仕事も雑になっていったのは言うまでもない。それでもどんどん進んで行くと、なんだか腐ったような房ばかりがぶら下がっている畝に到着した。「なんだ、これ、腐ってるんじゃん?」「ゲー、カビが生えてるみたい、気持ちわりー」えーい、こんなのこうしてやる、えーい、えーいと取ったブドウの房を地面に落とし、足で踏みつけたりしていた(ごめんなさいー。でも、腐った房は収穫のカゴに入れないこと、という説明も受けていたのだ)。そのとき仲間の一人が走ってやってきた。「みなさーん、それは腐ってるんじゃなくて、貴腐菌がついているんです。ほらほら、ソーテルヌとかと同じように、甘くておいしいデザートワインのためのブドウなんです!」
そう、それはピエモンテで、そして全イタリアで愛されているデザートワイン「モスカート・ダスティ」のためのモスカートという品種のブドウだったのだ。貴腐菌という菌をぶどうにつけて、いわゆる「腐った」状態にして水分を抜き、糖度を上げるという仕組みなのだが、そんなこととはつゆ知らない間抜けな私たちを手伝いに使ったばっかりに、あの年の、あの農家の収穫量はほんの少し下がってしまったかもしれない。ごめんなさい。   こんなことを思い出しながら、秋の日差しのテラスにて、冷えたモスカート・ダスティをおやつに飲んだ。デザートワインとして有名だけれど、甘く、香り高く、そしてアルコール度数は低いので、午後の飲み物としても最適。そうそう、私はこのモスカートにゼラチンを加えてゼリーを作る。緩めに固め、スプーンでくずしたら、赤いフルーツやミントの葉も添えてフルートグラスに盛りつける。おしゃれなデザート&ワインの一杯はいかが?
インサラータ・ディ・パスタ
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.32 イタリアの夏ごはん

イタリアの夏ごはん

La pappa estiva alla italiana
朝ごはん
暑い夏をイタリア人はどう乗り切るか?
Come fanno a sopravvivere la calda estate gli italiani?
イタリアの夏はけっこう暑い。ただし暑いといっても湿気が少ないので、日陰や家の中に入ればスッと涼しく過ごしやすいし、熱帯夜なんてものもほとんどない。あ~日本に比べてなんて過ごしやすいの?と思うのは東京の殺人的な暑さの中で一ヶ月ほど里帰りしてきた私だけ。当のイタリア人たちは、それなりに暑がっていて、それなりの暑さ対策をとっている。
暑さ対策の一番目は、「暑い時間はお昼寝。働いたり遊んだりするのは早朝と夕方以降の涼しい時間にいたしましょう」というもの。意外なことに早起きで働き者が多いイタリアでは、朝は7時や8時頃から仕事をするし、海のバカンスでも早朝からビーチに繰り出す人は少なくない。そのかわり、昼の12時から4時ごろの日差しが強烈な時間帯には、家に帰ってランチ&お昼寝。ちなみにミラノやトリノあたりの北部イタリアの一般家庭にはクーラーなどほとんどないけれど、厚い石の壁に包まれた建物は冷んやり涼しくて、お昼寝に支障がない。クーラーなしでは昼寝なんて絶対無理の日本の暑さでは、この技はあまり参考になりませんね。
というわけで、暑さ対策その2は「お料理はできるだけ火を使わず、もしくはスピーディーに加熱して、家の中が熱くなるのを防ぎましょう」だ。火を使わない夏の料理の代表選手と言えば、モッツァレッラチーズとトマトをスライスし、バジルを添えただけの「カプレーゼ」。タンパク質に乳脂肪たっぷりのジューシーなモッツァレッラと、真っ赤に熟した甘くて酸っぱくて香り高いトマトをするりと喉に流し込めば、暑さなんてなんのその。ここにおいしいパンとオリーブオイル、上等の塩、そして好きな飲み物があれば、どうです、火を使わずして素敵なランチが完成するというわけです。
カプレーゼ
ミラノ名物のブレザオラ(牛肉で作ったハムのようなもの)を大きなお皿いっぱいに並べ広げ、その上に刻んだ山盛りのルッコラをのせ、レモンとオリーブオイルであえたものも、すっきりした酸味と肉の旨味、ルッコラの苦みのハーモニーが食欲をそそる一皿。
そしてピエモンテ名物「カルネ・クルーダ」は、最上等の牛肉を包丁でミンチ状に叩く、または薄くスライスして、レモンとオリーブオイル、塩で調味したという、究極の加熱ゼロクッキング。ここにセロリと、大きく削ったパルミジャーノチーズを合わせるのが伝統的なレシピ。脂肪の少ない上等な肉の甘みにチーズとセロリの風味がぴったりとマッチして、それは食欲をかき立てるおいしさだ。日本では生肉が禁止になったそうなのでお薦めするのもどうかと思うが、湿気が少なくて食中毒が起きにくいイタリアではお刺身よりも生肉のほうがポピュラーというわけだ。
一方、火は使うけど、ほんのちょっとだけよ、の究極メニューは「インサラータ・ディ・パスタ」(パスタのサラダ)。パスタを茹でるのと一緒に刻んだインゲン豆やズッキーニを茹でる。加熱時間約10分のみ。茹であがったパスタとインゲン豆の水気を切ったらボウルなどに入れ、ツナ、サイコロ状に切ったモッツァレッラチーズやモルタデッラハム、プチトマト、コーン、オリーブ、刻んだピクルス類などを好みで加え、あればちぎったバジリコの葉っぱなども加え、これまたオリーブオイル、塩、コショウ、レモンなどであえるだけ。栄養のバランスもよく、カラフルで見た目もおいしそう。冷めてもおいしいのでお弁当にも最適、と歴代のイタリア主婦たちから絶大な支持を得続けている。同じようにして「インサラータ・ディ・リーゾ」(お米のサラダ)を作ることもできるが、お米の加熱時間はパスタの約2倍になるので、悪しからず。
インサラータ・ディ・パスタ
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.31 イタリア菓子マカロン?

イタリア菓子マカロン?

Il maccarone,dolce italiano?

マカロン
フレンチスイーツブーム in Italy
Il boom dei dolci francesi in Italia
日本でも大人気が続いているマカロン。今やフレンチスイーツの代表選手のような存在になったこの焼き菓子は、昨年あたりからイタリアでも大ブーム。私の住むトリノの街のド真ん中にはパリのマカロン専門店が去年オープンしたし、先日はスーパーの製菓材料コーナーに、イタリア製のマカロンミックスがあって驚いた。おいしいけれどちょっと地味なイタリア菓子に比べると、カラフルで、一口サイズで、いろいろな味が楽しめる、そんなマカロンの魅力に取りつかれたイタリア人が増えているのかもしれない。
イタリアは今まで、なぜかお隣の国フランスのものを拒絶し続けてきた。料理の基本も、アートの基礎も、もとはと言えばみんなオレタチが教えてやったのに、自分たちだけで偉くなったような顔をして気に食わん! とでもいうように、とにかくフランスが嫌いだった。だからイタリアにはフレンチレストランがほとんどないし、フレンチワインを売る酒屋も少ない。フランスから遠い日本で当たり前のように食べているダコワーズやマドレーヌだが、お隣のイタリアではほとんど知られていないと思う。
なのにこのマカロンブーム。そういえばマカロンだけでなく、ミニグラスに入ったフレンチ風おしゃれデザートやクレーム・ブリュレ、カヌレなんかも見かけるようになってきた。時代は変わったんだなあ、と感慨にふけりながらちょっと調べてみると、なんと! マカロンはイタリア生まれのお菓子だったという説があるのだ。
クレーム・ブリュレカヌレ
1533年にフランスにお嫁入りしたメディチ家のお姫様、カテリーナ・デ・メディチは「あんな田舎に一人ぼっちでお嫁に行かせるんなら、お抱えのコックやお菓子職人も一緒に連れて行かせてくれなくちゃいやですわ」とお父さんに駄々をこねたかどうかは知らないが、とにかく大勢の家来と一緒に御輿入りした。その時一緒にフランスに行ったデザート担当が、シャーベットやフロランタンなどの焼き菓子をフランスに広めたというのは有名な話だ。マカロンもその一つだということで、当時は今のようなサンドイッチ状ではなく、一枚のビスケットタイプだったという話。
そういえばピエモンテの伝統デザート「ボネ」に欠かせない材料でもある「アマレット」は、卵白と砂糖、アーモンドの核を使ったマカロンに限りなく近いお菓子だ。だからマカロンが実はイタリア生まれで、フランス風な洗練を受けて里帰りしたという説はあながち嘘じゃなさそうだ。そして今度はきっと、里帰りしたマカロンがイタリアンテイストを身にまとってフランスへ、そして日本へ渡って行く。とっても楽しみじゃない?
マカロン2
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.30 グラニータの冷たい夏

グラニータの冷たい夏L’Estate Fresca della Granita

暑い夏はこれに限る!Senza Granita non si puo sopravivere !!

イタリアの夏のデザートと言えばジェラート! を思い浮かべる人は多いと思うけれど、実はそうでもないと私は思っている。イタリア人は一年中、寒くたってジェラートをなめながら歩いているし、レストランのデザートメニューからジェラートが姿を消すことは一年中ないからだ。むしろあのリッチでクリーミーな味わいは(シャーベット系ジェラートは別)あまり暑くないときのほうがおいしい、と私は思うのだが、案外同じ思いのイタリア人も多いのかもしれない。もちろん暑い陽気になれば冷たいものが食べたくなるわけで、ジェラートの売り上げもさぞかし上がるだろうけれど…、いや、待てよ。イタリアが暑くなる頃にだけ、ジェラテリアやバールに登場する、冷たくておいしいものがある。そう、グラニータだ。もしかして夏のジェラートは、グラニータに主役の座(なんの?)を明け渡しているのではないだろうか?
グラニータとは、ご存じ、イタリア版かき氷、のようなもの。水、砂糖、フルーツ果汁、またはリキュール、コーヒーなどで作ったシロップをかき混ぜながら凍らせることで小さな氷の粒が残り、そのざらざらする舌触りが独特で、おいしい。グラニータという名前もまさに“粒々の”“顆粒状の”という意味のイタリア語Granulosoから。レストランで提供されることはあまりないけれど、夏のイタリアを歩けば、街のあちこちで、四角くて透明な箱状のものにはいったドロドロの液体が、どろーりどろーりとまわっているのを誰でも目にするはず。なんだかこんなふうに書いていると、ちっとも暑い夏に食べたい感じがしないか。
グラニータの発祥はシチリア。もともとシチリアのお金持ちたちには、エトナ山などに降り積もった雪をかき集め、山奥の洞窟などに作らせた石の容器に保存させておくという習慣があったそうだ。夏になるとその雪は少し溶け、氷の塊になっていたから、それを削ってフルーツ果汁やハチミツをかけて食べ、暑さを凌ぐという贅沢をしていたわけだ。あら、それって日本のかき氷そのものじゃない。イタリアではこれがグラニータやソルベット、そしてジェラートへと変化していくけれど、日本は原始的なかき氷の風情を今も楽しんでいるというわけですね。ちなみにイタリアでも19世紀初頭まで「グラッタケッカ・ロマーナ」としていわゆるかき氷が残っていたらしい。グラッタは削る、ケッカはまだ冷蔵庫の無かった時代に食品を冷やすために使われていた氷の塊のこと。
さてシチリア。9世紀頃上陸してきたサラセン人(イスラム帝国のアラブ人)たちは、アラブの伝統的な冷たい飲み物「シャルバート」を作るのに、エトナ山の雪に目をつけた。フルーツ果汁や花の香りをつけた水に甘みを加えた彼らの飲み物を冷やすために、エトナの雪に塩を加えて利用することを思いついたのだ。そう、皆さん覚えていますか、理科の実験でやったよね、氷に塩を加えると温度がさらに下がるって。こうしてエトナ山の雪は冷菓の材料から冷凍剤へとなっていったのだ。
1600年代になると、とあるシチリア人が現在の形に近いグラニータやジェラートを発明。で、その孫のフランチェスコ・プロコーペという人が、パリへ渡りジェラート屋を開業した。彼のグラニータは爆発的人気を博する。かのルイ14世も大変お気に召して、ヴェルサイユ宮殿までプロコーペさんを招待したとか。こうしてジェラートとグラニータがヨーロッパ全土に広まっていった。ちなみに1687年創業のプロコーペさんの店「Café Procope」は今でもパリ6区のrue de l’Ancienne Comedìeにあって、立派なカフェ&レストランとして営業している。
トリノやミラノあたりの北部の街中では、グラニータは赤とか緑の強烈な色が付けられ、バールの一角でぐるぐる回る機械に入れられて、ちょっとチープな印象なのに、実はジェラートの親としてこんなに壮大な歴史を持っていたのである。もちろん素材にこだわり、伝統レシピにこだわる昨今の傾向で、グラニータもシチリアオリジナルのレモンで作ったもの、アーモンドやピスタチオのもの、コーヒー味のものなどが北部でも食べられるようになってきた。紙やプラスティックでできたコップに入れてもらって、先がスプーン状になったストローでグラニータを食べながら歩くと、灼熱のイタリアの夏も、快適に過ごせるというわけだ。

灼熱といえば、トリノなんか比にならない、焦げるほどの暑さのシチリアでは、街のあちこちに、ビーチのそこここに、グラニータの屋台がある。シチリアレモンの皮を使ったもの、名物のアーモンドの粒粒が入ったもの、そして最近ではビール風味なんてのも登場しているとか。そうそう、朝っぱらからものすごく暑いシチリアでは、グラニータをブリオッシュと呼ばれるご当地独特のパン(いわゆるフランスのブリオッシュとはちょっと違う)にはさんで朝ご飯に食べるのが伝統スタイルだそう。パンにはさめるということは、わりと水分の少ないグラニータなわけで、なるほど調べてみるとシチリアでは場所によってグラニータの凍らせ加減、水分加減がいろいろと違うのだそうだ。残念ながら私は何度シチリアへ行ってもグラニータパンを食べ損ねているので、これから行く人がいたら、ぜひ挑戦して感想をお聞かせください。


文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.29 最後の最後まで食事を堪能しようよ!

最後の最後まで食事を堪能しようよ!Godiamo il pasto fino alla fine!

ミニグラスに1杯グラッパ、どう?Un bicchierino di grapp,perche’ no?

イタリアには飲み会や二次会がない代わりに、食事の前に楽しむアペリティーヴォ(食前酒と、一緒に食べるおつまみ類)の習慣があって、それって結構楽しいのである、という話を先回書いた。今回は食事の後の飲み物について書いてみようと思う。
イタリアではいわゆる食事(肉や魚料理のセコンドピアットまで)が終わると、デザートを食べるというのはみなさんご承知の通り。がっつり食べる家庭やレストランなどでは、チーズも食べることがあるが、その場合はセコンド料理の後、デザートの前、だ。
ワインに凝る人はチーズに合うワイン、デザートに合うワインをそれぞれ選び分けるのだが、どんなワインがチーズやお菓子に合うかという話はとても複雑で難しいので、ソムリエの専門家にお任せし、私はデザートを食べ、食後のお茶をいただくことにする。お茶といってもイタリアの場合は、99%ぐらいの人がエスプレッソコーヒーを飲むのだが、カフェインが苦手な人などはハーブティーなんかを頼む場合もある。
この時、日本人がちょっとだけ戸惑うのが、イタリアではデザートを食べながらお茶(コーヒーも)は飲まないということだ。日本人の私はイタリアに長く暮らしてもまだ時々、こってりと甘いケーキなんかは、苦いコーヒーを飲みながら楽しみたいと思うのだが、それはイタリアではありえない。デザートとお茶を一緒に持ってきてください、と頼めばできないこともないだろうけれど、絶対にへんな顔をされるので試しにやってみるといい。波風立てず、普通に(イタリア的に)食事をしたい人は、まずはデザートのおいしさ、甘さを心行くまで堪能したら、お皿を下げに来たサービスの人にコーヒーを頼みましょう。
さて、コーヒーを飲み、コーヒーと一緒にサービスされるプチフール(イタリア語ではピッコラ・パスティッチェリア)も好きなだけつまんだら、いよいよ食後酒の登場である。
食後酒はイタリア語でディジェスティーボと呼ばれ、消化(ディジェスティオーネDigestione)を助ける作用のある飲み物のことを指す。イタリアの典型的食後酒と言えばアマ―ロ。消化作用のあるハーブやスパイスを漬け込んだイタリア産のアルコール飲料で、アルコール度数は27度から35度ぐらいとわりと強烈。でも甘いのでついついクイッといけてしまう。ハ-ブの種類や分量など、各社工夫を凝らしているので、好みのアマ―ロを見つけたら食後のバーで頼んでみたりするとおしゃれかも。
アマ―ロが高いアルコール度数のわりには甘味やハーブの香りがして女性にも比較的飲みやすい一方、 グラッパはより男性的、といってもいいかもしれないイタリアの蒸留酒だ。消化を助けるハーブは入っていなくても、強いアルコールで消化を促すのか、食後にこれを飲む人はとても多い。ワインを作った後のブドウの搾りかすを「ランビーコ」という専用の機械にかけて蒸留するので、一般的には無色透明。でも、樫の樽で熟成させ木の香りを移した黄金色のグラッパや、ハーブなどを漬け込んだグラッパもある。アルコール度数は軒並み40から50度と強烈。でも小さなグラスに一杯、キュッといただくだけ(そうじゃない人もいるけど)なので酔っ払う心配はあまりない。
昔はグラッパというと、いろいろなブドウの搾りかすをミックスして作られるのが一般的だったようだが、最近は一種類のブドウだけを使い、その個性を前面に打ち出した「モノヴィティーニョ」(単一ブドウ)と呼ばれるグラッパ作りが人気だ。ボトルにも「バローロ」のグラッパ、「モスカート」のグラッパというふうに明記されているから選びやすい。
野菜や魚が中心の消化にやさしいライトな食事がほとんどで、食後酒で胃に労働を強いる必要などない私たち日本人には、食後酒という考え方や習慣がわかりにくい。でも、イタリア料理をしたたかにいただき、胃がはち切れそうにパンパンで消化運動をする余地もないような時、アルコール度数の高いアマ―ロやグラッパを一杯飲むと、胃が快適に仕事を始めてくれることに気づく。これさえあれば、また明日も元気に食べられるのだ。ついでにカロリーもカットしてくれるような食後酒があったら、もっと安心できるのだけど。
幻のグラッパ「ロマーノ・レーヴィ」。
手描きのラベルはすべて作り手であるロマーノ・レーヴィ氏によるもの。
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.28 アペリティーヴォの優雅な習慣

アペリティーヴォの優雅な習慣Il rito elegante dell’aperitivo

楽しい食事と夜のひと時を!Buon Appetito e Buona Serata!

80年代後半から90年代にかけて青春を謳歌していた私などは、夜食事に行くというと「飲みに行く」という色合いが強く(時代というより私と私の周りにいた人たちがみんな酒好きだったせい??)、2次会、3次会へと続いて行くのが当たり前だった。ところが16年前にイタリアへ来てみたら、イタリアには“飲み会”とか“2次会”といった習慣がないではないか。なんとも退屈な国だなあ、と思ったものだ。
しばらく暮らしてみると、たしかに飲み会という習慣はないものの、退屈な国というのは間違いであったということに気づく。イタリア人はお酒の力を借りなくても歌いたければ歌うし、笑いたければ笑う。だからわざわざ飲み会をしなくても楽しく過ごせるのである。
ちなみに、イタリア語で「私はお酒を飲みます」というと怪訝な顔をされる。酒を飲む=アル中というイメージになるみたい。アル中なんかじゃないけど、お酒をたしなむのが好き、と表現したい時は、たとえば「ワインが好きです=mi piace vino」とストレートに言うと伝わりやすいようだ。イケる口、強いんですよ、と言いたい時は「Reggoレッゴ→Reggere持ちこたえる、耐える」という単語を使う(巻き舌にしてRを発音しないとleggo=本を読む、え? なに?? と意味が通じなくなる)。持ちこたえる=お酒に強いから来ているのかどうかわからないが、真っ赤な顔をして酔っ払うのはとてもみっともないこととイタリアではみなされる。たしかにそう言われてみると、酔っ払いをあまり見かけない。酔っ払い=耐える力がない人、ということなのだろうか。
飲み会がないから、2次会へ行かないから、じゃあ、イタリア人たちの夜遊びの時間が短いかというと、実はそんなことはない。彼らにはアペリティーヴォという習慣がある。アペリティーヴォとは、フランス語で言うアペリティフ、つまり食前酒だが、食前酒を飲みながらおつまみを食べ、食事の前の時間を楽しく過ごすこと自体をアペリティーヴォと呼んでいる。イタリアでは夕食の時間が8時とか9時開始ということが多いのだが、仕事は5時に終わるから、6時や7時には集合してアペリティーヴォを楽しみ、盛り上がるというわけだ。
トリノの人たちに言わせると、このアペリティーヴォの習慣はトリノで発祥したものだという。イタリア人たちは何でも自分のお国自慢にしたがる可愛い人たちなので話半分に聞いていたのだが、この原稿を書こうといろいろ資料を見たり、ネットで調べてもトリノと出てくるので、もしかしたら本当かも知れない(でもそれを書いたのが全員トリノ人だったら???)
とにかく、1786年にトリノのカルパノさんという人がベルモットを発明し、そのおいしさが爆発的にトリノとピエモンテに広がって食前酒として定着した。その後1800年頃にはジェノバやミラノ、ヴェネツィアやローマなどの大都市でも一般的になったのだそうだ。
ところがトリノ、というかピエモンテには以前から「メレンダ・シノイラ」という習慣があった。これはもともとは農家の人が朝から夕方まで農作業をして、日暮れとともに家に戻ったら夕食の時間を待つことなくサラミやチーズを食べながらワインを飲み始めたという習慣らしい。だからベルモットという食欲を刺激するハーブの入ったお酒を飲み、Spuntiniスプンティーニと呼ばれる様々なおつまみを食べながら食事の前の時間を過ごすというスタイルがトリノに定着するのは、とても簡単だったというわけだ。
現在、トリノのカフェやバールでは、昼でも夜でも食事の前の時間帯にドリンクを頼むと、おつまみはただ、というのが常識。もうずいぶん前にミラノのロカーレで「ハッピーアワー」なんて呼ばれ出し、お酒1杯で軽い夕食まで兼ねられると若者の間でも人気が急上昇。今やトリネーゼの優雅な習慣は、イタリア中のポピュラーとなった。どうせ夕ご飯を兼ねるなら、もっと美味しいものをいろいろ出そうと工夫する店も増え、そういう店ではアペリティーヴォではなく「アペリチェーナ(アペリティーヴォ+チェーナ)=夕食」なんて呼ばれて人気を博している。特にこれからの季節は夜10時近くまで日が暮れないから、長く、気持ちのいい「セラータ=夕方から夜にかけてのひと時」を思い思いに楽しめるというわけだ。




文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.27 コーヒーなしでは生きられないわ!

コーヒーなしでは生きられないわ!Non ci vivo senza caffe’!

コーヒーなしでは生きられないわ!Non ci vivo senza caffe’!

イタリアの食後の飲み物といえばエスプレッソコーヒー、というのはこのページの読者なら誰でも知っているはずだが、エスプレッソコーヒーの歴史は意外と浅く、ほんの100年ほど前に発明されたものだということは、あまり知られていないと思う。
コーヒーがヨーロッパに最初に到着したのは、1615年のベネチア。その後、ヨーロッパ中でコーヒーがポピュラーな飲み物になるのだが、1806年、ヨーロッパで勢力をふるっていたナポレオンがイギリス製品をボイコットしようと大陸封鎖をした。そのせいでコーヒー豆や砂糖といった品々がヨーロッパで手薄になり、閉店に追い込まれるカフェが続出。だが、その苦境に生まれたのがデミタスカップだ。ローマの老舗カフェ「カフェ・グレコ」の当時のオーナーが、コーヒーカップのサイズを小さくし、料金も下げて急場を凌いだのが成功したのだ。このことが、エスプレッソコーヒーの下地、つまり「コーヒーをちょびっとだけ飲む」習慣を根付かせたと言われている。
とはいえ、エスプレッソコーヒーが生まれるのは、それから約100年も後。20世紀初頭にエスプレッソマシーンが発明され、以後、イタリアではコーヒー=エスプレッソとなったというわけだ。
だからイタリア人は、コーヒーを頼む時に「エスプレッソコーヒーください」とは誰も言わない。「ウン・カッフェ・ぺル・ファヴォーレ」(コーヒーを一杯お願いします)と言えば、自動的にエスプレッソコーヒーが出てくる。しかし同じエスプレッソを飲むのでも、イタリア人の好みのうるさいことと言ったらない。朝なら「カプッチーノ(またはカプッチョとも)」。これはご存じの通り、蒸気で温めた牛乳をエスプレッソコーヒーに加えたもの。または「ラッテ・マッキアート」。こちらは同じコーヒー&牛乳だが、牛乳が泡立っていないところがポイント。マッキアートというのは「シミを付けた、汚した」という意味のイタリア語だから、たっぷりの牛乳にちょっとだけコーヒーを加えたもの、ということになる。
反対にコーヒーにちょっとだけ牛乳を入れたものは「カフェ・マッキアート」。食後に飲む時に、エスプレッソをストレートではちょっと、という人におすすめ。だけどイタリア人たちは「カフェ・マッキアート・カルド」(温かい牛乳でマッキアートにした)とか、いや、僕は猫舌なので冷たい牛乳を入れて「マッキアート・フレッド」(冷たいマッキアート)だとか、いやいや、温かい牛乳じゃないと嫌だけど泡は欲しくないから「カフェ・マッキアート・カルド・センツァ・スキューマ」(泡なしの温かいマッキアート)だとか。
はたまた、たくさん飲みたいから「カフェ・ドッピオ」(ダブルの量のエスプレッソ)、少量の水をゆっくりマシンに通す「カフェ・コルト」、そうじゃない、カフェインは少なくていいからコーヒーの味と香りをばっちり楽しみたいから「カフェ・リストレット」がいい、いやルンゴだ、アメリカーノだ、コレットだ、なんだかんだ、と例を全て挙げたら来月の締め切りまで書き続けないといけないほど。10人のイタリア人がバールに入ったら、10通りの注文が入るというのもうなずける。
まあ、こんなふうにエスプレッソコーヒーの飲み方が千差万別なのも、それだけイタリア人の暮らしに密着し、愛されているからだと思う。そういえばヨーロッパで初めてコーヒーがベネチアに上陸した時、異教徒の飲み物を飲むなんて神の怒りに触れるのではという議論が沸き起こったのだが、クレメント8世という時の法王が、味見をしてそのおいしさにしびれ「こんなにおいしいものが邪教の飲み物だというなら、これに洗礼を施してキリスト教徒の飲み物とし、悪魔にひと泡吹かせてやろう」と言ったそうだ。なかなか肝の据わった法王様。とにかく、悪魔にひと泡吹かせ、法王に法を曲げさせてしまうほど魅力のあるコーヒーだから、イタリア人たちがその飲み方に異様なこだわりを持ったとしてもしかたがいですね。




文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.26 本当に甘いものが好き!

本当に甘いものが好き!Siamo veramente golosi!

本当に甘いものが好き!Siamo veramente golosi!

イタリア人のお菓子生活について2年も連載させていただいておいて、何を今さらなんだが、イタリア人てほんとうに甘いものが好きだなあ、と何かにつけて思う。
1月の後半から2月の頭にかけて、ヨーロッパ全体がシベリアの寒気団に覆われ、とても寒い日が続いた。日中でもマイナス気温。家にいても外を歩いていても、温かいものを身体に入れたくなる。 そんな時、イタリア人の甘党たちはチョコラータ・カルダを飲む(甘党と言っても甘いものが苦手というイタリア人を私は見たことがないし、酒飲み≠甘党という常識も聞いたことがない)。食べると言った方がいいぐらい濃度のあるチョコラータ・カルダ(ホット・チョコレート)は、真っ黒でドロドロで熱々。フーフー言いながらスプーンですくって飲めば、熱い液体がお腹に流れ込み、身体の芯から温まる。でもこれが甘い! とても美味しいけれど、どの店でもティーカップにたっぷり入って出てくるそれは、半分も飲んだら(食べたら)お腹いっぱい、最後の方は冷めて甘味も増すようで飲みきれないことが多い。
ところがイタリアの人たちは、そこに涼しい顔をして砂糖を入れる。ツワモノになると、チョコラータ・カルダ・コン・パンナといって、泡立てた生クリーム(砂糖入り!)添えのチョコラータに、更に砂糖をドカドカ入れて嬉しそうに飲んでいる。しかも生クリームの量だって半端じゃなく、大抵チョコレートの上にのって出てくるそれはチョコレートがまったく見えないぐらいの量なのだ。
砂糖をいっぱい入れるといえば、コーヒー(エスプレッソ)にどれぐらい砂糖を入れますか? と友人知人のイタリア人たちに聞きこみ調査をしたことがあった。入れない、という人はほぼ皆無。健康上、砂糖の使用を制限している場合を除いて、コーヒーに砂糖を入れないというイタリア人はゼロ。では入れる人はどれぐらい? 一番多かった回答はスプーンに2杯~3倍!! しかも忘れちゃならないのは、彼らイタリア人たちは、一日に何回もエスプレッソを飲み、そのたびに同じように砂糖を入れている、ということだ。
聞き込み調査をした中で、砂糖7杯という人がいた。それって飽和状態にならないのですか? と質問したら、そう、溶けずにカップの底に残っているコーヒー味の砂糖をすくって食べるのがうまいんだよ、と嬉しそうにほほ笑んだ。 これだけ砂糖が好きだから、お茶にも当然砂糖を入れる。紅茶はいいとしても、最近のヘルシーブームでイタリア人にも人気の緑茶や番茶、中国茶などにも入れようとするので驚く。 驚くといえば、スプレムータ・ダランチャ(その場で絞ってくれるオレンジジュース)にも砂糖を入れる人が多い。嘘だと思ったらイタリアのバールに入って、スプレムータを頼んでみてください。絶対砂糖がついてくるから。
こんなふうにイタリアの人たちは飲み物に限らず、食後には何か必ず甘いものがないと満足しないし、ダイエットだと言ってランチを抜く代わりにジェラートを食べる女性を私は何人も知っている(結局成功しているようには見えない)。街にはこんなにあって経営が成り立つの? とこちらが心配になるほどお菓子屋さんにジェラテリア、チョコレート専門店などなど「甘いもの関連ショップ」がひしめき合っている。
ところが、イタリアと日本の、国民一人当たりの砂糖の消費量を調べたてみると、意外なことに、若干イタリアのほうが多いものの、日本とさほど変わりがなくてびっくりする。 こんなに砂糖を年柄年中摂取している彼らが、デリケートなスイーツを好む日本人と砂糖の消費量が同じだなんておかしいぞ? とよくよく考えてみると、日本人は料理にもかなり砂糖を使うがイタリア料理では砂糖は全くと言っていいほど使用しない。つまりイタリア人たちは、純粋にお菓子としてだけ砂糖を食べ、飲み物に砂糖をドカドカ入れて、日本人と同じぐらいの量を消費しているというわけだ。
彼らは「甘いものを欲するのは、アフェット(愛情)が足りないから」とよく言う。ということは、私から見たら彼らはこぞって愛情欠乏症に違いない。だから夫婦は一日に何度も電話をしあい、恋人同士は歩きながらキスしあい、背丈が同じぐらいの母と子も(息子も!)手をつないで歩いて、常に愛情を確かめ合っているのだろうか? そして、それでもまだ足りなくて、甘いものを食べまくるイタリアの人たち。たしかに甘くておいしいお菓子や飲み物は、それだけで嫌なことを忘れさせ、幸せな気分にさせてくれる。甘いものを好むのは、イタリア人たちの幸せに生きるための処世術なのかもしれない。










文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住

Vol.25 イタリアの甘い風邪処方

イタリアの甘い風邪処方Dolci Ricetta Italiane per il raffreddore

マンマの処方が一番!La migliore ricetta e’ quella della mia mamma

ヨーロッパの石作りの建物は、夏は涼しくて気持ちがいいが、冬はシンシンと足元から冷気が上がってくるようで、身体全身がとても冷える。私が住んでいるトリノなどは、気温自体は真冬の東京とそれほど違いがないようだが、魚と野菜でできた薄っぺらい身体の日本人にはその冷気がこたえる。それで、私はひんぱんに風邪をひいている。
もちろん肉と脂肪とチーズとパスタでできあがった、あつい(幅もあついし、体温を熱い)身体のイタリア人だって風邪をひく。彼らは我慢ということを知らないので、ちょっと頭が痛いとか、熱があると言っては大げさに騒ぐ。すぐに市販薬に頼ってしまうのは現代人の悪い癖だが、そんな彼らも、大好きなマンマの甘い甘い風邪処方が大好きだ。
代表的なイタリアの天然風邪予防といえば、オレンジジュース。ジュースになって売っているやつじゃなく、飲む直前にお母さんが絞ってくれる「スプレムータ・ダランチャ」(オレンジを絞ったもの)はビタミンCたっぷりで、風邪予防に最適だ。日本人が冬中こたつで(?)ミカンを食べるように、イタリア人は毎日毎日このスプレムータを飲む。おしゃれ~に見えるかもしれないけれど、イタリアではオレンジのほうがミカンより安いし、どこにでも売っているので普通のことなのである。八百屋さんへ行ってオレンジをください、というと「食べる用? それとも絞る用?」と聞かれるぐらい。甘酸っぱい味と、オレンジの香りが部屋中に漂って、それだけでも元気が湧いてくる。
しかしいくらオレンジをたくさん飲んでも、あれ? 喉が痛いぞ、なんかゾクゾクするぞ、なんて時もある。そんな時は、「サルビア&レモン」だ。サルビアとはハーブの一種、セージのことだ。煮込み料理や肉を焼いたりする時、イタリアでは日常的に使うハーブだから、お庭やベランダや冷蔵庫にわりと普通に常備されている。で、このセージの葉を2,3枚とレモン汁、はちみつをティーカップに入れ熱いお湯を注げば、サルビアレモンのできあがりだ。セージには強力な殺菌作用があるので風邪菌を退治し、レモンのビタミンCで抵抗力を高めようということだろう。その上身体がポカポカと温まって、いい香り。とてもおいしいので、風邪をひいていなくても私は時々作っては楽しんでいる。
もっと強烈に身体をポカポカさせて元気をつけちゃおう! 風邪なんかやっつけちゃおう! という時には「ヴィン・ブルレ」の登場だ。赤ワインにシナモンやクローブなどのスパイスと、オレンジやレモン、りんごを加え、砂糖も入れて煮込み、熱々を飲むというものだ。味はサングリアのあったかバージョンといった感じ。フランスでも「ヴァン・ショー」(ホットワイン)という名前で同じようなレシピがあるらしいが、北イタリアのこの辺ではヴィン・ブルレ=焦がしたワインと呼ばれ昔から親しまれている。風邪予防はもちろん、スキー場や冬のアウトドアイベントなどにも欠かせない存在。
それでもやっぱり具合が悪くなっちゃったよ、という時には薬を飲んでおとなしく寝ているに限る。そしてそんな時、マンマが作ってくれるイタリア式おかゆが、なかなかおいしい。「リーゾ・ボッリート」(茹でたご飯)また「リーゾ・イン・ビアンコ」(白いご飯)と呼ばれるこの料理は、イタリア米をパスタと同じように茹で、水気を切ったら極上のオリーブオイルとパルミジャーノチーズをたっぷり削りかけていただくというもの。実はこれを私が初めて食べたのは、イタリアに来て初めて風邪をひいたとき、ホームステイ先でのことだった。その家のお母さんがわざわざ作ってくれたのだが、熱があってフラフラ、かつイタリア暮らし初心者の日本人の胃には、たっぷりのオイルやチーズは正直言って、オエッというものだった。梅干をそえた白い日本のお粥が食べたいよー、と母の顔を思い浮かべ、涙を浮かべたものだ。しかし後日、健康体でリーゾ・イン・ビアンコを食べてみると、なんだ、病人に食べさせるのはもったいないじゃないか、というおいしさ。エクストラバージンオリーブオイルの青い香りとピリっとした風味が、チーズとお米の甘みとからみあう。もちろんイタリア人たちは、病気の時にもこれを食べる。消化に優しい上に、オイルやチーズの甘みが身体に元気をつけてくれるというわけらしい。
こんなふうにイタリア人は、甘い風邪処方が大好き。そういえば、市販薬もみんな子供の薬みたいに甘い味がつけてあるのも、そのせいだろうか??


文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住