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Vol.28 アペリティーヴォの優雅な習慣

アペリティーヴォの優雅な習慣Il rito elegante dell’aperitivo

楽しい食事と夜のひと時を!Buon Appetito e Buona Serata!

80年代後半から90年代にかけて青春を謳歌していた私などは、夜食事に行くというと「飲みに行く」という色合いが強く(時代というより私と私の周りにいた人たちがみんな酒好きだったせい??)、2次会、3次会へと続いて行くのが当たり前だった。ところが16年前にイタリアへ来てみたら、イタリアには“飲み会”とか“2次会”といった習慣がないではないか。なんとも退屈な国だなあ、と思ったものだ。
しばらく暮らしてみると、たしかに飲み会という習慣はないものの、退屈な国というのは間違いであったということに気づく。イタリア人はお酒の力を借りなくても歌いたければ歌うし、笑いたければ笑う。だからわざわざ飲み会をしなくても楽しく過ごせるのである。
ちなみに、イタリア語で「私はお酒を飲みます」というと怪訝な顔をされる。酒を飲む=アル中というイメージになるみたい。アル中なんかじゃないけど、お酒をたしなむのが好き、と表現したい時は、たとえば「ワインが好きです=mi piace vino」とストレートに言うと伝わりやすいようだ。イケる口、強いんですよ、と言いたい時は「Reggoレッゴ→Reggere持ちこたえる、耐える」という単語を使う(巻き舌にしてRを発音しないとleggo=本を読む、え? なに?? と意味が通じなくなる)。持ちこたえる=お酒に強いから来ているのかどうかわからないが、真っ赤な顔をして酔っ払うのはとてもみっともないこととイタリアではみなされる。たしかにそう言われてみると、酔っ払いをあまり見かけない。酔っ払い=耐える力がない人、ということなのだろうか。
飲み会がないから、2次会へ行かないから、じゃあ、イタリア人たちの夜遊びの時間が短いかというと、実はそんなことはない。彼らにはアペリティーヴォという習慣がある。アペリティーヴォとは、フランス語で言うアペリティフ、つまり食前酒だが、食前酒を飲みながらおつまみを食べ、食事の前の時間を楽しく過ごすこと自体をアペリティーヴォと呼んでいる。イタリアでは夕食の時間が8時とか9時開始ということが多いのだが、仕事は5時に終わるから、6時や7時には集合してアペリティーヴォを楽しみ、盛り上がるというわけだ。
トリノの人たちに言わせると、このアペリティーヴォの習慣はトリノで発祥したものだという。イタリア人たちは何でも自分のお国自慢にしたがる可愛い人たちなので話半分に聞いていたのだが、この原稿を書こうといろいろ資料を見たり、ネットで調べてもトリノと出てくるので、もしかしたら本当かも知れない(でもそれを書いたのが全員トリノ人だったら???)
とにかく、1786年にトリノのカルパノさんという人がベルモットを発明し、そのおいしさが爆発的にトリノとピエモンテに広がって食前酒として定着した。その後1800年頃にはジェノバやミラノ、ヴェネツィアやローマなどの大都市でも一般的になったのだそうだ。
ところがトリノ、というかピエモンテには以前から「メレンダ・シノイラ」という習慣があった。これはもともとは農家の人が朝から夕方まで農作業をして、日暮れとともに家に戻ったら夕食の時間を待つことなくサラミやチーズを食べながらワインを飲み始めたという習慣らしい。だからベルモットという食欲を刺激するハーブの入ったお酒を飲み、Spuntiniスプンティーニと呼ばれる様々なおつまみを食べながら食事の前の時間を過ごすというスタイルがトリノに定着するのは、とても簡単だったというわけだ。
現在、トリノのカフェやバールでは、昼でも夜でも食事の前の時間帯にドリンクを頼むと、おつまみはただ、というのが常識。もうずいぶん前にミラノのロカーレで「ハッピーアワー」なんて呼ばれ出し、お酒1杯で軽い夕食まで兼ねられると若者の間でも人気が急上昇。今やトリネーゼの優雅な習慣は、イタリア中のポピュラーとなった。どうせ夕ご飯を兼ねるなら、もっと美味しいものをいろいろ出そうと工夫する店も増え、そういう店ではアペリティーヴォではなく「アペリチェーナ(アペリティーヴォ+チェーナ)=夕食」なんて呼ばれて人気を博している。特にこれからの季節は夜10時近くまで日が暮れないから、長く、気持ちのいい「セラータ=夕方から夜にかけてのひと時」を思い思いに楽しめるというわけだ。




文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住