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Vol.43 イタリア・パンの物語

イタリア・パンの物語

Storiella del pane italiano

土地の数だけパンがある

Ogni posto ha il suo pane

イタリアには大別しても250種類ものパンがあるそうだ。
たとえば硬質小麦(タンパク質の含有量が高いデュラム・セモリナ)がたくさんとれる 南イタリアのプーリアでは、アルタ・ムーラといって硬質小麦100%の歯ごたえのあるパンが伝統的だったり、お米の大生産地であるロンバルディア地方 では、米粉を混ぜたパンが焼かれていたり。

これらを粉の配合の違いや大きさの違いなどに細かく分けたら、1000種類にも及ぶそうだ。 この数字が他のパンを食べる国と比べてどうなのかはわからないけれど、とにかくイタリア人は毎日毎日パンを食べる。 え? イタリア人ってパスタじゃないの? と思ったそこのあなた。

私もイタリアへ来るまではそう思っていたのだが、実はちょっと違うのだ。

イタリア人にとってパスタはおかずで、パンはご飯であると誰かが言っていた。



たしかにそうかもしれない。その証拠にイタリア料理の中でパスタは プリモピアット(第一のお皿)で肉、魚料理がセコンドピアット(第二のお皿)というカテゴリーになっている。

レストランでも前菜がでたときから パスタ料理、セコンド料理を食べる間中ずっと、テーブルにはパンがサービスされる。

つまりパスタをおかずにパンを食べるのが常識として認められているというわけ。

日本でもラーメンライスなどする人もいるけれど、イタリアのパスタ&パンは最高級レストランから家庭まで、みんながやっている。

つまりイタリア人の食卓にパンは欠かせない存在というわけだ。

だからイタリア人は、一人当たり年間60キロもパンを消費する。

これはなんと、パスタの2倍に及ぶのだそうだ。

考えてみれば 、パスタがイタリアの国民食のようになったのは17世紀頃のことだが、パンはといえば紀元前、古代ローマ時代から食べているんだもん、 キャリアが違うのだ。

イタリアのパンはまずいよね、と日本の人から言われることが多い。

たしかにイタリアの、ある種のパンはとてもおいしくない。

外側がポロポロと剥がれるような皮で、中はかさかさ、スカスカだったりして。

ところがある時、海辺のレストランでボンゴレとムール貝の「ズッペッタ・ディ・ペッシェ」を食べていた時のこと。 貝類をニンニクとパセリをきかせたトマトソースで煮込んだ料理なのだが、トマトの酸味と甘みと貝の旨味がぎっしりと濃縮されたソースが絶品だった。

貝を平らげた後、ソースを残してしまうのはいかにももったいないと、テーブルにあった例のカサカサのパンを浸して食べてみた。

そのおいしかったことといったら! カサカサだからこそソースを吸い込む余力がたっぷりとあり、よく言えばニュートラルな(悪く言えば味がしない?) パンの味がソースの濃い味を食べやすく和らげ、よりおいしくしていた。

私はパンをお代わりして、お皿がきれいになるまでソースを全部食べ切った。 

あれがリッチな味わいの香り高いパンだったりしたら、あそこまでおいしかっただろうかと、今も時々思い出す。

ちなみにパンでお皿のソース等を拭って食べることをイタリア語で「スカルペッタする」(fare scarpetta)という。 

マナーブック等には「高級レストランではしないほうがいい」なんて書かれていることもあるが、高級レストランだろうが場末の食堂だろうが、 美味しければやっちゃえばいいのだ。

料理人にとって、なめたようにきれいに食べてくれた皿を見るのはどんな褒め言葉よりも嬉しいに決まっているのだから。

「まずい」と誤解を受けやすそうなパンに、トスカーナパンというのがある。

塩が入っていないことで有名なのだが、知らないで食べるとたしかに 「なんだこれ?」というお味。ところがこれをトスカーナ名物のサラミ類と一緒に食べたり、ブルスケッタにしたりすると、その印象は180度変わる。


他のパンで同じように食べてみても、サラミもパンも、どちらも今ひとつの印象になってしまうからすごい。

今からウン十年前、初めてイタリアに旅行した時、フィレンツェの友人の家で食べさせてもらったトスカーナパンのブルスケッタの味とその時の光景は、今でも忘れられない。

スライスしたパンを暖炉にのせた網でちょっと炙り、そこへ半割りにしたニンニクをこすりつけ、地元産の極上オリーブオイルをたらし、塩をふる。

たったこれだけの料理だけれど、オリーヴオイルの香りと、それを引き立てるトスカーナパンの味わい深さ。

これが普通の白いパンだったり、個性の強いパンだったりしたら、あんなふうにおいしくはなかったはずだ。

パンに限らず食べ物はみんな、その土地の気候や歴史、文化と深く深く結びついている。

だからこそ、それぞれに個性的で魅力的で、あちこち旅して食べて歩くのがこんなにも楽しくてやめられないのも、しかたがないのだ。

文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住