コーヒーなしでは生きられないわ!Non ci vivo senza caffe’!
コーヒーなしでは生きられないわ!Non ci vivo senza caffe’!
イタリアの食後の飲み物といえばエスプレッソコーヒー、というのはこのページの読者なら誰でも知っているはずだが、エスプレッソコーヒーの歴史は意外と浅く、ほんの100年ほど前に発明されたものだということは、あまり知られていないと思う。
コーヒーがヨーロッパに最初に到着したのは、1615年のベネチア。その後、ヨーロッパ中でコーヒーがポピュラーな飲み物になるのだが、1806年、ヨーロッパで勢力をふるっていたナポレオンがイギリス製品をボイコットしようと大陸封鎖をした。そのせいでコーヒー豆や砂糖といった品々がヨーロッパで手薄になり、閉店に追い込まれるカフェが続出。だが、その苦境に生まれたのがデミタスカップだ。ローマの老舗カフェ「カフェ・グレコ」の当時のオーナーが、コーヒーカップのサイズを小さくし、料金も下げて急場を凌いだのが成功したのだ。このことが、エスプレッソコーヒーの下地、つまり「コーヒーをちょびっとだけ飲む」習慣を根付かせたと言われている。
とはいえ、エスプレッソコーヒーが生まれるのは、それから約100年も後。20世紀初頭にエスプレッソマシーンが発明され、以後、イタリアではコーヒー=エスプレッソとなったというわけだ。
だからイタリア人は、コーヒーを頼む時に「エスプレッソコーヒーください」とは誰も言わない。「ウン・カッフェ・ぺル・ファヴォーレ」(コーヒーを一杯お願いします)と言えば、自動的にエスプレッソコーヒーが出てくる。しかし同じエスプレッソを飲むのでも、イタリア人の好みのうるさいことと言ったらない。朝なら「カプッチーノ(またはカプッチョとも)」。これはご存じの通り、蒸気で温めた牛乳をエスプレッソコーヒーに加えたもの。または「ラッテ・マッキアート」。こちらは同じコーヒー&牛乳だが、牛乳が泡立っていないところがポイント。マッキアートというのは「シミを付けた、汚した」という意味のイタリア語だから、たっぷりの牛乳にちょっとだけコーヒーを加えたもの、ということになる。
反対にコーヒーにちょっとだけ牛乳を入れたものは「カフェ・マッキアート」。食後に飲む時に、エスプレッソをストレートではちょっと、という人におすすめ。だけどイタリア人たちは「カフェ・マッキアート・カルド」(温かい牛乳でマッキアートにした)とか、いや、僕は猫舌なので冷たい牛乳を入れて「マッキアート・フレッド」(冷たいマッキアート)だとか、いやいや、温かい牛乳じゃないと嫌だけど泡は欲しくないから「カフェ・マッキアート・カルド・センツァ・スキューマ」(泡なしの温かいマッキアート)だとか。
はたまた、たくさん飲みたいから「カフェ・ドッピオ」(ダブルの量のエスプレッソ)、少量の水をゆっくりマシンに通す「カフェ・コルト」、そうじゃない、カフェインは少なくていいからコーヒーの味と香りをばっちり楽しみたいから「カフェ・リストレット」がいい、いやルンゴだ、アメリカーノだ、コレットだ、なんだかんだ、と例を全て挙げたら来月の締め切りまで書き続けないといけないほど。10人のイタリア人がバールに入ったら、10通りの注文が入るというのもうなずける。
まあ、こんなふうにエスプレッソコーヒーの飲み方が千差万別なのも、それだけイタリア人の暮らしに密着し、愛されているからだと思う。そういえばヨーロッパで初めてコーヒーがベネチアに上陸した時、異教徒の飲み物を飲むなんて神の怒りに触れるのではという議論が沸き起こったのだが、クレメント8世という時の法王が、味見をしてそのおいしさにしびれ「こんなにおいしいものが邪教の飲み物だというなら、これに洗礼を施してキリスト教徒の飲み物とし、悪魔にひと泡吹かせてやろう」と言ったそうだ。なかなか肝の据わった法王様。とにかく、悪魔にひと泡吹かせ、法王に法を曲げさせてしまうほど魅力のあるコーヒーだから、イタリア人たちがその飲み方に異様なこだわりを持ったとしてもしかたがいですね。
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住