白トリュフのお話Racconto dei tartufo biancho
森のダイヤモンドDiamante del bosco
北イタリアでは毎年、9月の中盤から10月にかけて雨がシトシト降り続いて気温がぐっと下がり、夏のバカンス気分は一気に吹き飛ばされる。ったく雨ばっかり降ってうっとうしい! とロマンを解さない私などは思ってしまうのだが、あるイタリア人のソムリエ氏などは「雨に濡れそぼった枯葉の香り」と、ワインの表現に使っていたっけ。さすが、ロマンの国、イタリアである。
ところが今年は、そんなロマンチックな(?)秋の雨がほとんど降らず、暑い夏のような気候が10月初旬まで続いた。寒いのが嫌いな私はラッキー❤と楽しく過ごしていたのだが、ところがどっこい、実はアンラッキーの始まりであった。
そう、食いしん坊にとってアンラッキーなお天気、つまり雨が降るべき時に降らなかったせいで、秋のめぐみのキノコ類が全く不作だったのだ。イタリアのキノコといえば、まずポルチーニだけれど、例年ならもう、リゾットにフライに炒めもの、そして生でサラダにと飽きるほど食べているところを、今年は数え切れるほどしか食べられなかった。市場に買いに行ってもなかなか見かけないし、レストランへ行ってもメニューにのっていないのだ。
一方キノコの王様、トリュフにいたっては、たったの2回しか食べていない。出回っている量が圧倒的に少ないから、あっても質がよくないかとても高い。だから食べる機会がぐっと少なくなってしまったというわけだ。
ちなみにトリュフのことをキノコ、キノコとさっきから言っているが、実は形状も生え方もキノコとは全然違う。トリュフは丸い芋状のものが、木の根元などの地下に生える。それをイタリアでは犬に発見させて「ここ掘れワンワン」と言わせるのだが、種ではなくて菌糸から発生するから、学問的にはキノコの一種である、ということになっているらしい。
さて、そのトリュフ、スイーツ界でもお馴染のチョコレートの一種でもある。形がキノコのトリュフに似ているところから、こう呼ばれるようになったというのはご存じの通り。では本家キノコのトリュフはというと、大まかに言って白と黒の2種類がある。黒はフランスのぺリゴールなどが産地として有名で、高級フランス料理のソースに、風味づけにといろいろなところで活躍している。
いっぽう白トリュフはというと、世界でもとれるところがとても限られていて、その限られた産地の中でも我がピエモンテ州アルバ産のものが最高品質である、ということになっている。しかも白トリュフは生で食べることが真情で保存も利かない、人工栽培もできないということで、特に希少なものとして値段も恐ろしく高い。だいたい相場が1キロ3000ユーロ~4000ユーロ。一人前10g食べるとしたって、一人前4000円前後? 溶かしバターを絡めた細打ち卵麺「タリオリーニ」や「カルネ・クルーダ」と呼ばれるピエモンテ風牛肉のタルタル、それから卵のココットなどに薄く削って、その独特の香りを楽しむ。好きな人にとってはこの香りがたまらなくて、料理もぐっとおいしくなるというわけだ。
こんなに高価なので、森のダイヤモンドなんて呼ばれて宝物のように扱われる。レストランでも、お客の前へトリュフとともにやってきて、目の前で削ってくれるのはほとんどオーナーだけ。バイトのウエイター君に触らせて、トリュフを一かけポケットに入れられてはかなわん、ということらしい。
森のダイヤモンドだから、女性を口説くときにも大変活躍するらしい。媚薬効果があるという話もあるが、それは化学的に証明されたわけではなく、「私のために(森の)ダイヤを(食事として)プレゼントしてくれたのね❤」と女性がうっとりすることから、媚薬と言われるようになった、という説もある。
ある時、京都の超一流料亭の料理長を、アルバの街へご案内したことがある。トリノで晩さん会をするためにいらしたのだが、大仕事が終わったので、ちょっとだけピエモンテ観光、ということだった。その料理長が、老舗の白トリュフ専門店で大きな大きな白トリュフの塊を購入された。なんでも、京都へ持ち帰られ、口の中でとろけるようにおいしいことで知られる茶碗蒸しに削って、お出ししたのだとか。
うーん、食べてみたい。白トリュフのシーズン真っ最中のアルバから京都へ飛んでいきたいと思ったのを今も覚えている。卵やクリーム状のものと白トリュフがことのほか相性がいいのはわかっていたが、まさか茶碗蒸しとは。さすが、天才料理人である。媚薬効果抜群に違いないあんな料理を作る人は、やっぱりモテモテなんだろうか。
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住