Natala e Babbo Natale
Modo di godere Babbo Natale alla italiana
イタリアではサンタクロースのことを「バッボ・ナターレ=Babbo Natale」と呼ぶ。バッボはイタリア語でお父さん、ナターレはクリスマスだから、さしずめ「クリスマスのパパ」といったところ。
もう一つ「ジェズー・バンビーノ」という言い方もあって、「子供(時代の)イエス様」。
12月25日に産まれた赤ちゃんイエス様が人々に祝福をもたらしたと考える、ちょっと古風で宗教色の強い言い方だ。
というわけで今回は、「イタリアのサンタクロースは、どんなふうにプレゼントを持って来て、何を食べるか」について。
サンタが食べるもの??? と思った方は、どうぞ最後まで読んでいってくださいね。
サンタさんを気持ちよく迎えるには(本当は、キリスト様の降誕をお祝いするのが主眼なんだけど)、まずは家や街中を美しく、楽しく飾りつけなくてはいけません。
カソリックが一般的なイタリアなどの国では、12月8日に飾り付けを始めるのが正しいとされている。
なぜかと言うと、この日は「インマコラータ・コンチェツィオーネ=無原罪懐胎=とても簡単に言っちゃうと、マリア様が汚れなきままイエス様を身ごもったこと」の記念日で祝日だからだ。
誕生日を祝うために、お腹に宿ったところから始めるというわけ。
飾りといえば、クリスマスツリーに靴下をぶらさげてプレゼントを待つという習慣は、イタリアのクリスマスにはない。
靴下にプレゼントを入れてくれるのはサンタクロースではなく、1月6日のエピファニアという日にやってくる「ベファーナ」という魔法使いのおばあさんだからだ。
この日はカソリック的には「公現祭」と呼ばれる日で、産まれたばかりのイエス様に東方の三博士がお祝いをもってやってきた日とされている。
よい子にはお菓子が、悪い子には炭が、靴下の中に入れられる。
実際にはよい子にも炭の形をした砂糖菓子を配ってドキッとさせたりして、イタリア人の大人達といったら、大人げないと言うかいたずら好きというか。
とにかくそんなわけで、クリスマスツリーもその他の飾りも、1月7日まで出しておくのがしきたりなのだ。
さて、12月24日の夜。いよいよサンタさんを迎える本番である。
どんなふうに迎えるかは、各家庭によっていろいろ工夫があっておもしろい。
子供がいる家庭ではできるだけ夢を見られるように、大人だけの家庭でもちょっとメルヘンチックに。
子供がいる我が家では毎年、24日の夕食が終わったら「サンタさんの姿を見た子はプレゼントはもらえない」と娘を脅して早く寝かしつけ、熟睡するまで待ってから「仕事」を始めることになっている。
まずは隠しておいたプレゼントを置く。
枕元に置くと、子供が寝ているフリをしていた場合に見られる危険性も大きいので、居間のツリーの下とか、いつだったかはバルコニーに置いてみたこともあったっけ。
サンタさん、時間がなくて中まで入って来れなかったんだって、とかなんとか言って。
そして世界中の子供のところを回って、お腹がすいて疲れているだろうサンタさんのために、娘が寝る前に用意したトレーにちょっと細工をする。
お皿にはビスケットが3枚ほど入っているのだが、それを一枚半ほど取りのぞく。ミルクも半分ぐらい飲み干す。
残すのは忙しいから全部は食べていられない、でもありがたくいただきましたよ、という小演出である。ビスケットはもちろん、シナモンのきいたクリスマスビスケット。
そうそう、トナカイのために外に置いておいた人参も食べたようにみせかけるのも忘れない。
イタリアに来て間もない頃、独身だった私を友人家族が山の別荘で祝うクリスマスに招待してくれた。24日の夕食が終わり、10時過ぎに家族全員で教会のミサに出かける。
帰り道、急に車を止めたかと思うと、お父さんが8歳の娘に向かって「さやかと一緒に歩いて帰っておいで。プレゼントを配っているバッボナターレに行き会えるかもしれないよ」、そう言って私にウインクしてみせた。
雪一色の村の道を、8歳の女の子と手をつないで歩いていると、満点の星空に一陣の風が吹いて、なんだか本当にサンタさんが通っていったような感じがした。
急いで家に戻ってみると「たった今、サンタさんが来たのよ、会わなかった?」と言うとぼけ顔のママとパパとプレゼントが待っていた。
こんなふうに子供をいかに楽しく、幸せにだますかに一生懸命になる。これがイタリアの大人達の、知られざるクリスマスの楽しみなのだ。
娘が13歳になった今年、まだだませるか、どうやってだまそうか、私も思案しているところである。
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住