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Vol.21 保存食の季節 ①

保存食の季節 ①La stagione della conserva1

トマト万歳!Viva! Pomodori

イタリアで一番おいしいものの一つに保存食があると私は思っている。フルーツが旬真っ盛りの時期に収穫して、シロップ漬けやドライフルーツを作るという話はVol.18 フルーツの季節がやってきた! ですでに書いたとおり。で、今回の主役は野菜の保存食。豊穣の秋である今、9月~10月にかけて保存食作りのピークを迎えるからだ。
イタリア野菜の保存食、その王様的存在はなんといってもトマトの水煮だ。
トマトの水煮というと、日本人には缶詰めの印象が強い。缶詰め=生に比べて質が劣るとか、手抜きとかというイメージを持つ人も多いのではないだろうか? 私がトリノの自宅で毎月開催している、在住日本人の奥様向け料理教室でも、料理に水煮の缶詰を使うと「え? 先生でもそんなものを使うんですか?」なんて質問されることがある。
でもそれは大きな勘違い。トマトソースを筆頭に、トマトが活躍する多くのイタリア料理に水煮は欠かせないのだ。生のトマトでは出てこないのは、水煮ならではの甘みや旨味があるからだ。もちろん生のトマトの味が最高潮に達する時期、8月の終わりから9月頃なら、生のトマトで料理するにこしたことはないのかもしれない。でもそれは一年のほんの短い期間だ。サン・マルツァーノなど、加熱料理に適した細長い品種のトマトが南イタリアの真夏の太陽をたっぷりと浴びて最高潮に熟し、たくさん出回るのは、ほんの一時期だけなのだ。
だからその最高潮に熟したトマトを水煮にして保存瓶に密閉し、保存する。そうすれば一年中おいしいトマト料理が作れるというわけだ。で、家庭で手作りできない人のために、水煮の缶詰がある。瓶詰めになったものもある。缶詰めや冷凍食品やインスタント食品という分野では日本に比べて10歩も100歩も遅れているイタリアだけど、ことトマトの水煮だけは別。なんたって一年間に一人平均50キロもトマトを消費する国の人たちだ。市販のものだっておいしくなければやっていけない。大型のスーパーマーケットなどでは、棚一列全部トマトの水煮製品がずらり、というのが当たり前だ。
けれど昔ながらの手作りを愛するイタリアマンマは、自作にこだわる。保存料や添加物の心配はもちろんだけど、代々その家に伝わるレシピで仕込んだトマトの水煮を、一年間家族に安定供給するためのお母さんたちの奮闘月間、それが9月なのである。
まずは市場へ毎日出かけて行っては、できるだけ質がよく、できるだけ安いトマトを探して歩く。市場でもそういう事情を知っているから、南イタリアのおいしいトマトをたっぷり仕入れて、この時期の需要に備える。山積みにされた木箱入りのトマトの間をお母さんたちが練り歩き、その背中をナポリとかプーリアなまりの声がおいかける。「ポモドーリ・ベッリー!」(おいしい、いいトマトだよ!)「ダーイ! チンクエレキーリ ウンエウロ!!」(さあさあ、5キロで1ユーロだ!) そんなトマトを何10キロ、人によっては家族だけでなく親戚一同にも配るため100キロ単位で買いこんで、水煮作業に挑むマンマたち。
スーパーマーケットやキッチン用品店では、水煮にしたトマトを詰める保存瓶や、トマトを潰して濾すための機械なんかがずらりと売られるのも、この時期ならではだ。
いろいろ購入して準備万端整った各家庭のキッチンでは、いよいよ作業開始。一つ一つ洗って水気を切ったトマトを丸ごと湯むきにする人、半割にして種も取り除く人、機械を通してピュレ状にする人など、家庭によって作り方が少しずつ違う。下ごしらえされたトマトは熱湯消毒した保存瓶につめ、蓋を軽く閉めたら湯せんで加熱する。そうすることでトマトにちょっとだけ火が入って水気が凝縮され、おいしさが増す。瓶の中は真空になるから、一年間保存しても品質が劣化しないという具合。
こんなふうに、一年中休みなくイタリア人の食卓を支えるのがトマトの水煮だ。パスタに、リゾットに、そして肉や魚の煮込み、様々なソースの隠し味に、トマトの水煮は活躍する。保存食の王様と最初に書いた所以だ。だけどイタリアには、トマトだけでなく、おいしい野菜の保存食、お総菜がたくさんある。プチピーマンの詰め物に、ピエモンテ風野菜の煮込み、ナスやズッキーニやアーティチョークのオイル漬け、酢漬けなどなどなど。というわけで、次回はトマト以外の野菜の保存食、お惣菜を紹介します。こうご期待。


文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住