イタリアのクリスマス菓子I dolci natalizi italiani
一年中クリスマスだったらいいのに…Vorrei che sia tutto l’anno Natale
10月中旬を過ぎた頃から、イタリア各地の、街中のいたるところで、何かが何となくソワソワし始める。ひんやりと冷たくなった空気や、色づき始めた街路樹や、焼き栗屋の屋台から立ち上る煙もなにもかもが、もうすぐやってくる一年で一番大切なイヴェントを予感させるからだ。
そう、ナターレ=クリスマスはイタリア人にとって一番大切で、一番楽しいイベントだから、12月25日当日しか楽しまないのではもったいないと、10月中旬からいろいろなことがクリスマスモードに切り替わる。クリスマスツリーやイルミネーションを飾ったり、プレゼント探しに勤しむのは日本人も同じかもしれないけれど、イタリア人ならではの、この時期ならではの楽しみは、これじゃないかと思うことがある。それはクリスマス菓子を約2ヵ月間、堪能しまくることだ。
イタリアのクリスマス菓子で一番有名なのはご存じパネットーネ。伝統料理や伝統菓子といったものが少ないミラノの数少ない伝統ケーキで、たっぷりと発酵させた粉と卵、砂糖などで作った生地にドライフルーツやナッツ類をふんだんに入れて焼きあげたもの。背の低いコック帽のような、ドーム型をしたそのケーキは、ミラノなら一年中、その他の都市でも10月を過ぎた頃からお菓子屋さんに姿を現す。初乳を飲んだばかりの子牛の腸から取り出した菌で作る、独特の「パネットーネ菌」で発酵させるせいで、本物は何ヶ月経ってもしっとりしたままだ。これをイタリアの人たちは朝食に、おやつに、約2ヵ月間毎日これを食べ続ける。いったい、平均的なイタリア人家庭ではワンシーズンに何個ぐらい消費するのだろうか、いつか調査してみたいと思うのだが、とにかくそう思わせるぐらい食べまくる。高級菓子店の手作りのものなら、お歳暮ならぬ年末のプレゼントとしても交わされるので、平均消費数はさらに上昇するのだ。
パネットーネと並ぶ二大クリスマス菓子のもう一つはパンドーロ。パネットーネが「大きなパン」なら、こちらは「黄金のパン」という意味。発祥はロメオとジュリエットで有名なヴェローナだそうで、パネットーネよりも軽めの生地を焼いただけの、シンプルなタイプ。食べるときに振りかける粉砂糖がケーキの湿気で固まったところを食べるのがおいしい、と思うのは私だけだろうか。まわりを見ていると、どうもこっちのほうが実は好き、という人が多いのは、やはり長期戦(なにしろ2ヵ月間ですから)だからシンプルなほうが飽きない、ということだろうか。
ところが、こんな原稿を書いていると、イタリアのクリスマス菓子はそればっかりじゃないよ! という怒りの声が聞こえてきそうなほど、実はイタリア各地にそれぞれのクリスマス菓子がある。パネットーネほど日本で知られていないかもしれないが、わりと有名なところでシエナのパンフォルテとか、アルト・アディジェのツェルテンなどがある。そういうお菓子に共通しているのが、ドライフルーツをふんだんに入れてあることだ。そういえばドイツのシュトーレンやイギリスのクリスマスプディングにもドライフルーツは定番。ドライフルーツは水分を凝縮することで果物の栄養価が高まり(ビタミンCだけは失われるが)保存性も高まるので、ヨーロッパでは昔からクリスマスのご馳走には欠かせないものだったのだ。アプリコット、レーズンなどのオーソドックスなものから、最近はマンゴーやらパイナップルなどエキゾチックフルーツ系もクリスマスのテーブルに登場する。ご馳走をフルコースでいただき、ケーキも満喫した後、だらだらとテーブルでなごみながらドライフルーツをつまむのだ。ずっと食べ続けているのは、日本のお正月みたいな感じだ。そんなわけで、クリスマス菓子にドライフルーツが使われるようになったのじゃないかな、と推察する私。
でも今回私がご紹介したい、イタリアのクリスマス菓子はドライフルーツとは全く関係ない「ストゥルフォリ」というお菓子だ。ナポリ地方のクリスマス菓子で、すりおろしたレモンの皮で風味をつけ、小さく丸めた小麦粉の生地を油で揚げる。揚がった小さなお団子を、はちみつに絡めて山のように積み上げ、カラースプレーなどでデコレーションした素朴だけど、明るくて元気のあるお菓子。ギリシャが発祥の地と言われ、似たお菓子がカラブリア州では「チチラータ」、ウンブリア州では「チチェルキアータ」と呼ばれている。お皿に取り分けるというより、みんなで手を出してはつまみ、口に入れてはまたつまむというふうに食べていると、やめられない止まらないおいしさだ。いつかシーキューブで日本にも紹介してほしいなあと思う、私のお気に入りのクリスマス菓子なのである。
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住