Come si mangia la vera Bagna Caoda
年に一度、土曜の夜に…
Una volta all'anno,sabato sera….いやー、めでたい。4年前の『イタリアのバレンタインデー』を皮切りにスタートしたこの連載、今回でなんと50回を迎えることができました。これも毎回読んでくださるみなさまのおかげです。お礼の気持ちをこめて、いつにもましておいしい話を、と考えに考えた結果、今回のテーマは「バーニャ・カウダ」といたしました。えー? スイーツのサイトなのに、なぜ50回記念にニンニク料理の話なワケ? とクレームもきそうだけど、ピエモンテに人生の半分近くを捧げ生きている私にとって、イタリアの美味しいものについて語る場でバーニャ・カウダを書かないのは、クリープを入れないコーヒーみたいなものなのだ(古っ?)。というわけで、バーニャ・カウダな話、どうぞ読んでいってください。
日本のイタリアンレストランでも,最近はわりと普通に目にする「バーニャ・カウダ」。知らない方のために簡単に説明すると、ニンニクとアンチョビをオリーヴオイルに溶かしたソースをいろいろな野菜につけて食べる、というもの。でもこれが実はピエモンテ州の代表的な郷土料理であることとか、日本のかっこいいイタリアンレストランで出てくるようなシャレた料理ではなくて、一人前にニンニク一個(一カケじゃないよ,一個だよ!)を消費するゴッツクて臭くて、でも日本人の心に響くおいしい料理だということなんかは、まだあまり知られていないと思う。
大事なことは,バーニャ・カウダは日本における鍋料理みたいな位置であるということだ。なぜか大勢で食べるものということになっている。晩秋から冬にかけて、友人やら親戚やら大勢集まった時にみんなで鍋、もといバーニャ・カウダを囲む、そういう位置づけ。鍋やらフォンデュやら、テーブルに熱源があると、人はなぜ大勢で囲みたくなるのだろうか?
その昔,ピエモンテ州の農村で、売れ残りの野菜を消費するおいしいワザはないかと考案されたのが始まりだそうだ。バーニャとはピエモンテの方言で「ソース」を、カウダは「温かい」を意味するので,「温かいソース」というなんともシンプルな料理名だ。昔はピエモンテ州にはオリーブオイルはなかった(オリーブは元来暖かい地方の植物だもんね)ので、溶かしバターかラードにニンニクとアンチョビを入れて作ったのがオリジナルのレシピ。現在ではニンニクとアンチョビをトロトロに煮溶かしてオリーブオイルに混ぜるのが基本だが、ニンニクを牛乳で煮て臭みをとったり、生クリームを入れてリッチにするなど、レシピは作る人の数だけあるみたい。
ニンニクと並ぶ大事な材料がアンチョビだ。これは塩漬けのものに限る。日本ではなかなか入手が難しいらしいけれど、頭と内蔵をざっと外しただけのカタクチイワシを塩に漬け込んで発酵させたアンチョビは、風味は発酵食品、でも食感は生、という、もう日本人なら嫌いなわけないっしょ、というおいしさである。私なんかこれを時々、ホカホカごはんにのせて食べている。塩辛みたいでほんっとにおいしいのだ。
私の暮らすトリノには常設市場が47もあって、イタリア一市場の多い街だと言われている。その市場で、干した魚やオリーブの塩漬けなんかを専門に扱う屋台でアンチョビの塩漬けも売っている。何種類もサイズの違うアンチョビがそれぞれ巨大な缶に入って並んでいるので、アンチョビくださーい、と頼むと「何に使うの? バーニャ・カウダ? じゃ,この一番大きいのね」なんて言って計りにのせてくれる。もちろん魚屋さんでも買えるし、最近は大型スーパーマーケットでも瓶詰めの塩漬けアンチョビが手に入るようになってきた。
さて、アンチョビとニンニクをオリーブオイルに煮溶かしてソースを作ったら、専用の容器に入れてテーブルに設置する。容器は大抵一人分用で、上半分がソースを入れるスペース、下半分の空洞にロウソクを入れる仕組みになっている。それはちょっと、日本のB級温泉宿の夕ご飯に出される一人前用の鍋のようでもあるし、アロマテラピーのディフューザーのようでもある。とにかく「温かいソース」なのだから、この容器で温かくして食べなければダメなのだ。
ソースがグツグツいってきたら、テーブルいっぱいに並んだ野菜を各自取ってソースにつけて食べる。丸ごとオーブンで焼いたジャガイモにタマネギ。やっぱりオーブンでトロトロに焼いて皮をむいたカラーピーマンにビーツ。セロリに似た食感のフェンネルやキャベツ、「キクイモ」と訳されるタピナンブールという芋の一種は生で。そうそう,カリフラワーも生で食べる。コリコリと歯ごたえのあるカリフラワーと熱いバーニャ・カウダソースはとてもよくあっておいしい。日本のみなさまにもぜひ体験していただきたいお味です。
大勢でお喋りしながら、ワシワシ,ワシワシ食べ続ける。パスタや肉料理なんかは食べず、ひたすらこれだけだ。お供はもちろんピエモンテの地ワイン、バルベラやフレイザーといった飲みやすい赤。たっぷりのニンニクとワインで身体はポカポカに温まる上に野菜もたっぷりで風邪予防にも最適だ。正しいピエモンテ人的には、年に一度はバーニャ・カウダをしないと気がすまないらしい。でも最近はニンニク臭くて嫌、などというイタリア人が増えていて、集まりはもっぱら週末,それも翌日誰にも会わなくてすむ金曜や土曜の夜に企画されることが多いのだとか。
そこまでしても、やっぱり食べたいバーニャ・カウダなのだ。
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住