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Vol.49 ザバイオーネのおいしい季節

ザバイオーネのおいしい季節

La stagione migliore per gustare lo Zabaione


サヴォイア家VSゴンザー家の誕生ストーリー
Storia tra Savoia e Gongaza


クリスマスもお正月も終わった北イタリアの今の時期、楽しいイベントもなく、霧が出てドヨーンと寒々しい日が続く。そんな日はこたつに入って、じゃない、温かい部屋で、何か優しい味の甘いものでも食べて、ほんわかしたい。そう思うのは私だけじゃないらしく、お気に入りのとあるカフェに行ってみると、小さな店内は意外と人が入っている。

例のものを注文して待つこと数分。厨房から「カシャカシャカシャ」という軽快な音が聞こえて来た。ボウルの中の卵と砂糖を泡立て器で泡立てている、あの音だ。私の分を今、作ってくれているんだな。そう思うと外の寒さで冷えきった身体も、ワクワクと暖かい気分に包まれてくる。

私が注文したのは「ザバイオーネ」。イタリアンのレストランやお菓子屋さんで頻繁にみかけるこの「ザバイオーネ」とは、本来卵黄と砂糖、マルサラ酒などのリキュール類を合わせて湯煎で泡立てた、クリーム状のお菓子の名前だ。発明された当時はあまりのおいしさに人気はあっという間に全イタリア、ひいてはヨーロッパの各地に広まった。そして現在ではチョコレート風味、ピスタチオ風味などいろいろなヴァージョンが発明され、ケーキに、デザートに、アイスクリームにと、様々な使われ方をするようになったけれど、本来は温かいできたてを食べるものなのだ。

 

一般的にはピエモンテの代表的デザート、とされている。16世紀にピエモンテ州を統治していたサヴォイア家の当主カルロ・エマヌエレ一世という人はとても食いしん坊なお方で、毎晩のように「新しいおいしいデザートが食べたいなあ」とお抱え料理人にせがんでいたらしい。それである時考案されたのがザバイオーネ。卵で作ったフワフワのクリームがとても美味しく、カルロお殿様も大満足だった。ザバイオーネという名前の訳は、サン・ジョヴァン二・バイロンという料理の守護神に、この宮廷料理人が加護を求めて祈りを捧げたからだとか。サン・バイロンがだんだんなまってサバイオーネとなったというわけ。


他にもいろいろ説はあって、ルネサンス時代にマントヴァで栄えていたゴンガーザ家の料理人が書いたレシピが残っているとか、エミリア・ロマーニャ州のレッジョ・エミリアで、「ザバン・バヨン」というあだ名の軍隊長が、行軍中に周辺の農家に食糧を求めたが卵と砂糖と薬草風味のワインしか見つけられなかったため、それらをみんな混ぜてでき上がったのがザバイオーネだとか。でも16世紀頃に貴重な砂糖をたっぷり持っていたのは高貴な方々に限られていただろうから、やっぱりサヴォイア説かゴンガーザ説が有力なんじゃないかと私は思っている。


マルサラ酒を入れるのが現在は正式なレシピということになっているが、これは18世紀にシチリアのマルサラで発明されたリキュール。ポートワインとかマデラ酒なんかと並んで世界的に人気がありますね。でも18世紀ということは、ザバイオーネが生まれたのより後。つまりオリジナルのレシピでは違うものが使われていたということになる。調べてみると、ピエモンテではもともとは名産のモスカートワイン(マスカットで作られる甘いデザートワイン)もしくは地元でとれるバルベラなど普通の赤ワインが使われていたという。そういえばモスカートワインが作られ始めたのも16世頃らしいので、「そうだ! あの新しいワインを入れたらおいしいかも!」なーんていうアイデアがサヴォイア家お抱え料理人氏にひらめいたとしても不思議ではない。

一方ゴンガーザ家だったとしたら何を入れたのか? ロンバルディア州だから、白のフランチャコルタかな、それとももっと素朴な感じの赤、ボナルダあたりかな?



そんなことを考えていると、ガラスの容器に盛られたザバイオーネが私のところへやってきた。ふわふわで、ほんのり温かくて甘く、やさしい味。そしてマルサラがお腹の底から身体を温めてくれる、そんな味だ。既製品はマルサラ風味の香料が強過ぎたり、カスタード風にドロリとしていたりして、あまり美味しくないものもけっこう多いけど、ここで食べる、頼んでから作ってくれるザバイーネは格別だ。真面目に泡立てさえすれば家でも簡単に作れるのだけれど、注文を聞いてから、私のためだけに泡立ててくれる、この特別感が気持ちよくて、時々ここへ来る。寒くて天気の悪い日にこそ美味しいものって、結構あるのです。






文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住