保存食の季節 ②La stagione della conserva 2
オイル漬けの野菜たちVari Verdure Sott’olio
イタリアは地味が豊かで、気候や地形がバラエティーに富んでいるから、野菜などの農作物も、各地それぞれに個性的でおいしいものがある。そのおいしさを旬が過ぎた後にも味わいたい、農作物のバラエティーが寂しくなる冬の間も食卓を豊かにしたい、そんな思いから生まれるのが野菜の保存食だ。
ほとんどの野菜は茹でて、焼いて、または生のまま、オイルや酢に浸けて保存するというスタイルが基本。そんな中で今回ご紹介するのは、他とはちょっと毛色の違う品々。味の方も飛びぬけておいしい、と私の独断と偏見で選んだ「イタリア一おいしい」野菜の保存食たちだ。
その一番バッターは、なんといっても「プチピーマンのアンチョビとケッパー詰め オイル漬け」。一見プチトマトに見える小さな赤いピーマンが、8月後半から9月にかけて市場に出回る。そのピーマンのヘタを取り、種をくり抜いたら、酢を混ぜた水に数時間浸けておく。酢を混ぜた水で煮る、というレシピもあるようだが、私が教わった方法は浸けるだけのやりかたで、このほうがシャキシャキとした歯ごたえが残るから、日本人の好みにあうと思う。
漬かったピーマンを酢液から出したら水気をよく切り、中にアンチョビとケッパーを詰める。アンチョビはできれば塩漬けのアンチョビを洗って、手開きしたもの。油焼けしていない生のような食感と、発酵食品のうまみが塩辛みたいにおいしいアンチョビだ。そしてケッパーも酢漬けではなく、塩漬けをさっと洗ったものを使う。野菜をオイルに漬けるだけといったシンプルな調理だからこそ、材料の良しあしで、できあがりの味が大きく変わってくるのだ。
これを熱湯消毒した保存瓶に並び入れ、ピーマン全部にかぶるまでオリーヴオイルを注ぎ入れる。オリーヴオイルもできればエキストラヴァージンがいいのだけれど、かなりたっぷり必要だから、高くついてしまうのが欠点だ。
高くつくし、手間はかかるけど、これほどワインとパンが進むおつまみもなかなかないだろうと、私はいろいろな人に胸を張ってお勧めしている。酸味のある料理はワインとの組み合わせは難しいとソムリエの先生は言うけれど、あまり難しいことは考えず、おいしいのでよしとする。もともとは南イタリアから北イタリアへ、出稼ぎの人と共にやってきたというプチピーマンは、基本的に辛味はないのだけれど、時々辛いのに当たることがある。そんな時、辛いもの好きの日本人としては当たりくじを引いたようで、ちょっと嬉しくもあったりする楽しい一品だ。
私のお勧め野菜の保存食二番目は、ピエモンテ名物アンティパストのレギュラーでもある、その名も「アンティパスト」。ニンジン、たまねぎ、セロリ、カラーピーマン、インゲンなどをトマトでグツグツ煮込んで、酢と砂糖で味つけしたものを作る。ここまでだとラタトゥイユの庶民派バージョンみたいな感じなのだが、これを保存瓶に入れておき、食べる時にはここへツナを加えて食べるのだ。言ってみれば、山の保存食と海の保存食を持ち寄って、一緒にしてみたらおいしかったというような、そんな一品。ちなみに現代でこそツナ缶は大量生産品がどこにでも出回っているけれど、海のないトリノやミラノでは、かつて海辺の町と物々交換して得ていた貴重品であった。だから秋の豊穣と、遠くからやってきた海の珍味を混ぜてテーブルに並べれば、またとないクリスマスのご馳走になったに違いない。
イタリア人にとって、マツタケみたいな存在のフンギポルチーニのオイル漬けも、格別なご馳走だ。プリプリ、かつコリコリした歯触りと、独特なキノコの香りは生の時とは別物の味わいがある。それから冬のシーズンが終わって春先にだけ出回る小さなカルチョッフィ(アーティチョーク)も私の大のお気に入り。カルチョッフィを掃除してから半割りにし、塩酢水でさっと茹でたのち、オイルに漬け込む。朝掘りの筍のように柔らかく、風味も高く、もう食べても食べても食べ飽きないおいしさだ。
当然、といっては語弊があるかもしれないが、手作りしたものは断然おいしい。だからおいしい野菜の保存食を食べたいと思うなら、季節ごとに野菜を大量に買い込み、仕込み、保存するという仕事が待っている。それはそれは手間がかかって忙しくて、仕事をしている場合じゃなくなるのだが、仕事をしないと材料も買えなくなるというジレンマに陥る。くいしん坊を極めるのも、なかなか大変なのである。
文・宮本さやか フード・ジャーナリスト/イタリア トリノ在住